光格子中3成分内部自由度を持つの斥力フェルミ原子系の性質:超流動、新奇モット状態

近年、レーザーで作られた周期ポテンシャル(光格子)中に冷却フェルミ原子を置いた系の研究が、国内外において理論・実験の両面から活発に行われている。この系は結晶中の電子系とも見做されるが、 ・光格子には乱れや格子振動がない上、光格子の次元・形状・ポテンシャルを制御できる。 ・フェッシュバッハ共鳴を用いて、フェルミ原子間相互作用を斥力から引力まで制御できる。 という特徴を持つ。これらの高い制御性を利用して、超流動-モット絶縁体転移など、通常の固体物理では実験が困難な現象に対する研究が活発に行われている。さらに最近では、3成分内部自由度を持つ6Liフェルミ原子気体 [1]、及び異種原子が混合した多成分系などが実現され、それらが示す新奇な性質に注目が集まっている。これらの進展により、光格子中の冷却フェルミ原子系は、複雑な量子多体効果のシミュレーションができる系:量子シミュレータとして注目され、活発に研究されている。

我々は、光格子中において斥力相互作用をする3成分(カラー自由度)冷却フェルミ原子系について理論的に調べた。この系は、原子が最近接光格子を跳び移り、異なった内部自由度の2原子が同一光格子を占めた場合に接触型相互作用をするという描像でよく表される。この描像に従い、系をハバード型モデルで表す。そして、強相関電子系を調べるのに成功した非摂動論的手法である自己エネルギー汎関数法、動的平均場理論を相補的に用いて、この系の特徴的な状態を理論的に調べた。 その結果、温度・斥力・フィリングに依存して、3成分系に特徴的なモット状態・原子密度波状態・超流動状態などの多彩な相が現れる事を明らかにした(図1)。

以下では、それらについて説明する。 ここでは、各カラーの原子数が等しい場合を考えている。

(1)ハーフフィリングにおけるペアモット状態(PMI)、カラ選択型モット状態(CSM) [2,5,6]

3成分系はハーフフィリングにおいて、1格子あたり3/2個の原子が存在する。すなわち、非整合なフィリングであるため、一般的にはモット転移を示さないと考えられる。実際、カラーに依存した3種類の斥力が等しい場合はモット転移を起こさない。しかし、3種類の斥力が異なる場合、系はモット転移を起こす事を我々は明らかにした。

これは、最も弱い斥力が働く2種類のカラーの原子が有効的にペアを作ることに起因する。このペアを1つの粒子とみなすと、各サイトにはペア粒子、またはペアを作らない原子が存在するため、各サイトでの有効"粒子"数は1となり、モット転移の条件を満足する。このモット絶縁体をペアモット絶縁体と呼ぶ(図1(b))。

また、3種類の斥力のうち2種類の斥力より、残りの斥力の方が著しく強い場合は、強い斥力が働く2種類のカラーの原子はモット転移をするものの、残りのカラーの原子は系を遍歴したままである。この状態をカラー選択型モット状態と呼ぶ(図1(a))。


(2)ハーフフィリングにおけるカラー原子密度波(CDW)、カラー選択型反強磁性状態(CSAF) [3,5,6]

(1)のモット状態は、揺らぎにより秩序が破壊された状態である。そこで、ハーフフィリングにおける基底状態ではどのような秩序状態が現れるかを調べた結果、ペア原子とペアを作らない原子が交互に光格子点に局在したカラー原子密度波(図1(f))、および最も強い斥力が作用するカラーの原子が交互に光格子点に局在し、残りのカラーの原子は系を遍歴するカラー選択型反強磁性状態(図1(e))が現れる事を示した。これらのスタッガードな秩序状態は、それぞれ2種類のモット状態の秩序状態に対応している(図1(a)(b)(e)(f))。

これら二種類の基底状態において3種類の斥力を等しくすると、カラー原子密度波とカラー選択型反強磁性状態との間で1次の量子相転移が起こる。すなわち、我々の計算精度の枠内では、SU(3)対称な斥力相互作用における基底状態は2重縮退している

有限温度の計算をした結果、基底状態・低温におけるカラー原子密度波は温度増加に伴い、(弱相関領域から強相関領域の順に)フェルミ流体、カラー選択型モット状態、ペアモット絶縁体に相転移する事を示した。
図1:光格子中で3成分内部自由度(カラー自由度)を持つ斥力フェルミ原子系において現れる状態を模式的にまとめた図。ここで、[1]の実験に合わせて、3成分原子それぞれのフィリング(1格子当たりの平均原子数)は等しいとおいた。ハーフフィリングにおいて、各カラーのフィリングはn=1/2。図ではN=3nで表示。


(3)ハーフフィリング近傍における超流動 [4,6]

ハーフフィリング近傍における秩序状態を調べた結果、2種類の斥力が残りの斥力より著しく強い場合に、超流動が現れる事を明らかにした。この超流動では、最も弱い相互作用をする2種類のカラーの原子がクーパーペアを作り、残りのカラーの原子はフェルミ流体という、カラー超流動に類似した性質を持つ(図1(g))。さらに、クーパーペアを形成する原子間に作用する有効引力は、クーパーペアに関与しないカラーの原子の密度揺らぎであることを明らかにした。動的性質を解析した結果、この超流動は強結合の特徴を示し、斥力相互作用系でありながらクーパーペアの対称性はs波と考えられる。

斥力をさらに強くすると均一な状態は不安定になり、ペア原子とペアを作らない原子が空間的に分離した相分離状態へと相転移する(図1(i))。この状態では、有効引力の起源であるペアを作らない原子の密度揺らぎがペア原子に伝わらないため、超流動は起こらない。

斥力の強さの比・フィリング・温度などのパラメータを系統的に変化させて得た結果を相図(図2)にまとめた。

これより、超流動は2種類の斥力が他の斥力より著しく強い場合(U/U'<0.11)に、ハーフフィリング近傍(n>0.42)において現れる事が明らかになった。

6Liガスに関する[1]の実験結果を見ると、ペアモット状態や超流動に適した斥力領域が狭いながらも存在している。6Liを光格子中に置くことで、格子点での2重占有率や1粒子励起スペクトルを観測することにより、これらの状態が観測されると期待している。
図2:ハーフフィリング近傍での、超流動・相分離・フェルミ流体の相図。カラーに依存した3種類の斥力のうち、2種類は等しく(U')、他の斥力(U)より強いとした。ハーフフィリングはn=1/2。用いたパラメータは、(a) n=0.48, T=0.03。(b) U/U'=0.1, T=0.03。(c) n=0.48, U/U'=0.1。


参考文献

[1] T. B. Ottenstein et al., Phys. Rev. Lett. 101, 203202 (2008).
[2] K. Inaba, S. Miyatake, and S. Suga, Phys. Rev. A 82, 051602(R) (2010).
[3] S. Miyatake, K. Inaba, and S. Suga, Phys. Rev. A 81, 021603(R) (2010).
[4] K. Inaba and S. Suga, Phys. Rev. Lett. 108, 255301 (2012).
[5] S. Suga and K. Inaba, J. Phys. Conf. ser. 273, 012016 (2011).
[6] K. Inaba and S. Suga, Modern Phys. Lett. B 27, 1330008 (2013).