2005 Biennial on DSP for in-Vehicle and Mobile Systems, Sesimbra, Portugal

2005年8月30日ー9月6日 ポルトガルの国際会議に参加後そのまますぐに電気学会まで

訪問先
  • 英国・サウザンプトン大学ISVR
  • ポルトガル・車内とモバイルシステムに関する信号処理国際会議
    Study on Noise Source Contribution of Accelerating cars and its Audibility Evaluations
  • 九州早稲田大・電気学会電子・情報.システム部門大会
    実信号ウェーブレットによる自動車加速音の相関解析

ユーロが141.17
ポンドが210.58
レート悪いなあ...

 今回はバージンアトランティックを使用した.
 前回のプラハ行きエコノミーで少し疲れたので,今回はプレミアムエコノミーにするために,それにした.

 今回はe-チケットというもので,まさにチケット無しで,メールのコピーを持って,窓口に向かう.
 機内は思ったよりすいていた.
むしろ,プレミアムエコノミーが混んでいたぐらいで,そこをキャンセルして,エコノミーに移りたかったほどである,
エコノミー席は4席独占様態で,バージンアトランティックは危機を迎えている,
 飛行機ではビデオオンデマンドになっており,一時停止までできるのには驚いた.

 サウザンプトンへ行く.
Day Travel cardを購入し,Waterlooまで行き,そこからSouthwest trainに乗る.
Day Travel Cardはピーク時購入となったので,Zone1,2で£6であった.オフピークだと,これより£1.3やすい.WaterlooからSouthamptonまでは£25.50(Day return)である.

 電車はLONDONと逆方向であるので空いている.
車窓の牧草地帯を眺めながら,1時間15分ほどでサウザンプトンに到着する.
駅からとりあえずCity Centreへ歩いてみることにして,3年前と変わりない風景を確認しつつ歩く.
City centreにあるバーゲートにたどり着く前にバス停がある.
ここで大学行きのバスをまつ.
後で知るのであるが,実はUNI-LiNKというバスを使えば駅から直接大学に行けたようである.
ところがここでは昔の滞在の知識に従って行動しているので,そのまま11番のバスに乗り,大学の北側をうろうろするコースでゆっくりと大学に着く.

 大学の風景は徐々に変化を遂げて行きつつあった.
図書館の周りはワシがいたときに比べるとはるかに綺麗になっているし,建設中の建物もいくつかあった.

 ISVRの建物に入り,Joyceさんに会う.
最近体の調子が悪いらしいが,ワシの前では元気に振る舞ってくれた.
最近のISVRの変化について,様々に教えてくれる.
教授が今日付でさらに昇進し,新しくボブがくると言うことなどなどである,
また,今日いないはずの中野さんがおられると言うことで,Joyceさんに案内してもらい,面会する.
そのまま1Fのオフィスに行き,森岡さんを探すが留守.メールをいただいた杉野さんはおられた.

 日本人で連れ立って,パブランチへ行く.
Crownである.
ここのFish&Chipsには巨大なパンが付いており,楽しい会話と料理で楽しい時間を過ごした.

(略)

 ポルトガルに向かうために,早朝から地下鉄に乗って,ヒースローに向かう.
飛行機は1時間程度遅れ,バスでターミナルに移動し,入国の判子を押してもらって,荷物を受け取る.
 空港からはタクシーを利用する,
会場までは2時間に1本しかバスがないためである.
学会のWebサイトには40ユーロくらいとあったが,このタクシーのオッサンは52.75ユーロというえらい中途半端なことを言ってきた,
というか,英語が全く通じないため,紙にそう書いてくれた,
ワシは10ユーロ紙幣しか持っていなかったので,60ユーロ渡すと,そのままおつりも返さずにニコニコと手を振り始める.
”えらい高いやんけ.信じられん”と言うが全く通じないで,ニコニコしているから,そのまま解放してしまった.

 学会のRegistrationを行って,キーノートスピーチをきき,バンケットに参加する.
とりあえず,眺めの良い場所を確保.
確保というのはきちんとたたんであるナフキンをごちゃっと崩すだけである,
そして料理を取りに行く.
戻ってみると隣には見るからにラテンなスペイン人たちが座っていた.
向かいには中国人がやってくる,
このバンケットのときにどういう人に出会えるかをワシは楽しみにしているので,決して日本人の固まりには近づかないことを信条としている.
スペインとポルトガル料理の違いとか,彼らの所属地の場所とか,お国自慢とかテキトーに行った後に,今回は驚くべきことに研究の話をしてしまった,
こんなことを書くと意外かもしれないが,バンケットで研究についての話をすることはほとんどない.
それだけラテンなくせにきまじめな連中であるかもしれない.
ワシは好感を持ってしまった.
向かいに座った中国人もちゃんとした人であった.
結局,全てのグループが帰った後も残って話をしてしまった.
まあ,いつものことである.

 今日は発表である.
ラッキーなのかアンラッキーなのか1番はじめの発表である.
この学会は変わっていて,講演を最初に行って,その後ポスターセッションで質疑応答に答えるという形である.
その時間は1時間である.
講演は次々と行うため,座長のコンピュータに全てpptが納められており,これはこちらに来る前に座長に送った,
というか,ポスターセッション形式の発表もあるというのは先週知ったことであった,
このパターンでありがちなことであるが,日本のマイクロソフト製品はヨーロッパのwindowsと相性が悪く,ちゃんと表示されないことがある.
ということで,ワシのpptはちゃんと表示がされなかった.
まったく,この座長は事前にチェックとかしていないのか...
忙しそうにしているが,.....,
仕方なく,壊れたpptを表示させて,説明する,
まあ,ワシ以外にも壊れたpptのやつはいるだろうと思っていたが,結局,壊れたpptはワシだけであった.
そして,講演が終わり,ポスターへ.
どうせ暇だろうと思って,ビーチが見えるところにポスターを貼って,ビーチを眺めてすごそうと思っていたが,そんな暇はなく,1時間しゃべりっぱなしであった....
まあ,結構みんなワシの研究が気に入ってくれたみたいで,良いコメントをたくさん頂けた,
感謝である,

 コーヒーブレイクでぼーと休んでいると,アメリカ人が”よかったじゃん”声を掛けてきた,
それでワシは”あんたの発表はいつか?”ときくと,”昨日キーノートスピーチをやった.”というから,またやらかしてしまったわけである,
そんなもん,顔覚えていないから仕方ないやんか...が,アメリカ人は気にもしていない様子で,えらい人間というものは尊大ではないものなのである.
その休み時間いっぱい彼と様々な会話を楽しんだ.
休み時間と言っても30分あるから,やっぱりラテンだなあ..

 その後,次のセッションに参加して,今度は質問する側に回る.
結構,興味深い研究が多く,ここでもはまってしまった.
昨日向かいに座った中国人はワシもテーマにしている骨導をやっており,さらに親密に話ができた.

 ランチも眺めの良い場所に座ると,今度は先ほどの中国人がやってきて,彼と世間話をしながら,ランチを楽しんだ.
共通した話題は天気が良いから,ビーチに出なければならないと言うことであった,
このランチで意外なのは,昨日のバンケットのときもそうだったのであるが,コーヒーが出ないのである,
それでうろうろしているホール係にコーヒーないの?と聞くと,飲みたければバーに行けという.
そうか,別料金にしてもうけようというたかりの精神だな.

食事を済ませて,ビーチに出てみる.
みんな楽しげに泳いでいるので,海に入ってみると氷水のような冷たさである.
体のつくりが違うんだろうか.
とても足より上は浸かれないと判断し,早々に引き上げ,ホテルのプールで一泳ぎする.
プールは水深170cmあって,結構深い.
プール横のベンチに寝っ転がって,午後の一時を過ごす.
ここは快適なのであるが,ハエが多いのが困りものである,
だとすると海の方が良いのであるが,海だと氷水だから,どちらも一長一短である,

 午後のセッションが終わると,今度はディスカッションの時間というのが1時間半ぐらいあって,今日の一日の発表について将来性をディスカッションするというものがあった,
しかし,これもありがちなことであるが,こんな大勢であるから,絶対多数のテーマの話になるから,少数テーマの人はそこから何らかのヒントを見いだすよりほかない.
が,たいした話も感じられず,半可通な知識でペラペラしゃべるものもあり,充実した時間とは言い難かった,

 しばらく,部屋で休んでから,散歩に出てみた,
ビーチをゆっくり歩いてなかったので,カメラを持って,散歩に出かける.
家族連れが多く楽しんでおり,平和な気分に浸ることができた,
堤防の先まで歩くと,一眼レフを持った日本人がいた,
声を掛けてくるので,学会関係者かと思ったが,果たしてそうであった,
明日の飛行場までのタクシーをshareしようというのである.
これは良いアイディアなので,そうすることにした,
そのご,プラプラと水を買いに行っていた小売店に行きチョコバーを購入して,ホテルに戻った.


 随分早く空港に着いてしまうので、城によってみることにした。フロントで夕クシ一をよんでもらうときにこちらの運ちゃんには言葉がつうじないので、城経由で空港に向かってくれる様に頼む。
昨日,海岸を夕方散歩していたときに出会った九工大の先生とシェアして乗ることにしていた,
先生も城に寄ることに承諾したというか,むしろ喜んでくれた,
運ちゃんは来るとき乗ったタクシーのテキトーなオッサンをイメージしていたが,非常に真面目そうな人であった.
走り始めてからすぐにメータを見せてくれた.
荷物代を加算しといたと言っているようであった.
#ポルトガル言葉で分からない.

 城まではホテルからそんなに遠くなかった.
この城は相当古そうであり,ゆっくりと城を回る.
日本の城がそうであったようにこの城はいわゆる山城である.
しかしこの中に町のようなものがあったことも事実である,
wisemanと呼ばれた人の集会場は現在は犬が主となっており,覗く我々を威嚇した,
現在唯一山城で機能している教会を覗いて,タクシーに戻ると運転手があっちに行くともっと良い風景があるからと墓場の方を指さす.
折角だからといってみることにした,
こちらの墓は変わっていて,墓石にそれぞれの写真が入るようになっている.
その中を抜けていくと,町が一望できるバルコニーのような場所があった.
そこから見るセシンブラの町はとても小さく,それに向かい合っている海がとても大きく見えた.

 リスボン空港にやっと移動する.
この運ちゃんは城であれだけ待っていてくれたのにもかかわらず,また,荷物も2つ積んでいるのに,54ユーロしか請求しないし,多めに出すと,お釣りをくれようとする,
我々はこの誠実な運転手(と言うかこれが普通と思うが)にお礼を言って,手続きをしに建物に入った.

 リスボン空港は規模の小さな飛行場で,店を見て回るにしても,すぐに飽きてしまうほどしかない.
今回はラウンジが使用できたが,無線LANは有料であるし,雰囲気も国内線のカードラウンジのような雑多な感じであった.
また,多くの航空会社が共用しているらしく,座るところがすぐになくなってしまう,
さらには飛行機が1時間10分も遅れてしまう.
飛行機待合室に行くと九工大さんがいた,
もう1時間も待っているという.
ここでしばらく談笑し,搭乗する.飛行機までの移動はバスであった.
ヒースローで荷物が出てこずに大分待たされた.
技術的なトラブルにより遅れたとアナウンスがあったが,これはポルトガル航空のみである.

 チェックインに並んでいると英国人が割り込んできた.
ワシの前の老人が”おいおい.俺は並んでいるんだぞ”と彼に言う.
彼は”悪いね”とのみ言うと,ワシの後ろのオッサンが”みんなこうして並んでいるのに何で割り込むんだ”と注意する.
割り込んだオッサンは”どうもすみません.わるいね”と誤るがそのままであったので,ワシの後ろのオッサンはさらに割り込みオッサンを追求する,
そうすると割り込みオッサンは逆ギレして,”それじゃあ.列の一番後ろにならびゃあいんだろ!”とふてくされて,列の後ろに並ぶ.
注意したオッサンやワシの前の老人は”つまらんやつだ”言う表情でため息をつく.
ワシはたいしたものだと思う.
最近の日本では悪いものをしたもの得の雰囲気で見て見ぬふりをするものも多いが,秩序を乱すものはこのように排除されるべきであろう.

 チェックイン後,ウィッタードで紅茶などを購入し,後は人でごった返していたので,早々に搭乗口近くの待合室へ行く.
無線LANがつかえないかためしたり,ガス入りの水を飲んだりしながらまつ.
帰りの便もガラガラで,バージンアトランティックはピンチかもしれない.
帰りは12時間かからない.

 機内で日付は変わり,翌朝の9時前に成田に着く.
このまま,九州に移動し,電気学会に出ることになっていた.
しかし,台風が九州に上陸しており,どこまで西に行けるか分からない.
とりあえず,羽田でできるだけ早い便の伊丹便に変更してもらい,新大阪から新幹線に乗る.
新幹線の中で車掌さんに聞くと,広島から西には交通手段はないと聞く.はたして,路面電車,バスも全て停止していた.
広島宿泊しかないと思い,ホテルのパネルを見ながら,片っ端から電話.
ほとんどのホテルが満室.
何軒目だったか.駅から少し離れた東横インが取れる.
店もほとんど閉まりつつあるので,チェックイン時間には早いが早々にホテルに移動.
店もほとんどコンビニぐらいしか開いてない.

 新幹線で広島から小倉に移動し,早稲田大を目指す.
折尾駅のコインロッカーにスーツケースをぶち込み,そのままタクシーで学園都市に移動する.
新しい建物ばかり.早稲田の作りはおもしろく,廊下と教室の隔たりがガラス張りになっており,部屋にいても開放感を感じる.
今回の講演はコンピュータ室が会場になっており,スクリ−ンに投影しての講演ではなく,各席のコンピュータCRTにトラペが投影されるもので,おもしろいとは思ったが,みんながな別々の方向を向いているので,やりにくくもあった.
講演後,他の講演者の方々と情報交換し,今後の研究会への参加を依頼される.
この後,博多への移動の電車でも他の講演者と一緒になり,研究分野の話で退屈しなかった.

 



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