生体細胞は、無機材料では実現困難な、自己修復機能、柔軟性、適応性、さらには高度な情報処理能力を持っています。我々は、このような素晴らしい生体細胞の機能を、シリコン電子デバイスに直接接合して取り入れるため、シリコンと生体細胞間を結ぶ材料の開発や、これらが接合することで発現する新しい物性・電子機能の調査を行っています。
バイオハイブリットなシリコン電子デバイスを開発するためには、まず、細胞の足場として適さないシリコン上に生きた生体細胞を培養し、電気的に接合する必要があります。そこで、私たちは、生体親和性に優れた材料を細胞の足場にすべく、遷移金属酸化物を生体細胞とシリコンの間に挟み込むことを検討してきました。その先駆けとして、シリコンの界面酸化(絶縁膜の形成)問題を排除し、遷移金属酸化物とシリコンを直接接合する技術を開発しています。この技術の進展により、従来の電子デバイスとは全く異なる、新奇な電子デバイスを作ることが可能になるかもしれません。
シリコンはスマートフォンやパソコンなどの情報機器だけでなく、ペースメーカーやインプラント型医療デバイス等の医療機器にも利用されており、私たちの生活に欠かせない電子機器の基盤となる材料です。しかし、近年、シリコン電子デバイスの性能を向上させることは難しくなってきました。そこで、生体細胞と遷移金属酸化物、シリコンを組み合わせることで、飛躍的な性能向上や新奇な機能の発現を目指しています。生体細胞は、現在の集積回路素子の電力を大きく下回る特性を持ちながら、無機材料にはない自己増幅や修復機能といった多様で異質な性質を持っています。これらの性質をうまく移植することで、今までにない機能を持つ電子デバイスを作ることができます。
生体細胞をシリコンに直接接合するために、まずは生体親和性を持つ遷移金属酸化物、特に(La,Sr)VO3を、界面酸化の問題を回避して、シリコンに直接接合する技術を開発しました。この技術は、パルスレーザ堆積法と呼ばれる方法を使って実現しました。X線光電子分光法による表面分析により、シリコン表面の酸化を十分に抑制できること、また、シリコン基板上に形成された(La,Sr)VO3薄膜はこれまでバルクで調査されてきたものと同じ性質を持っていることを確認しました。つまり、生体細胞の足場としてだけでなく、電荷スイッチングや超電導等の遷移金属酸化物が持つ機能を併用でき、生体細胞、遷移金属酸化物の両性質を利用した電子デバイスの開発に役立つことを示しています。
具体的には、、高速で省電力なトランジスタ、より高感度・高速な神経インターフェース技術やバイオセンサー、生体内で安定かつ新奇なインプラント型デバイスの研究に結びつくと考えられます。