食事の三大栄養素を考慮した1型糖尿病患者の血糖値制御の研究

目的

本研究は,1型糖尿病患者の血糖値を一日中適切な範囲に維持できる 血糖値制御を実現するため, 食事に含まれる三大栄養素である炭水化物, 脂質および蛋白質による食後の血糖値変化と就寝時を含む血糖値変化のモデル化, 食後と空腹時のそれぞれに対する適切なインスリン投与法の検討を行い, 低血糖と食後の高血糖を回避できる血糖値制御システムを開発することが目的です.

研究内容

本研究では,以下の点について研究を行いました.

  1. 食事に含まれる脂質および蛋白質の糖代謝への影響のモデル化
  2. 食事時の血糖値制御法
  3. 夜間の血糖値変化のモデルと血糖値制御法

以下,それぞれについて説明します.

1. 食事に含まれる脂質および蛋白質の糖代謝への影響のモデル化

従来のほとんどの糖代謝モデルでは,食事による血糖値の変化について 食事中の炭水化物しか考慮されておらず, 食事に対するインスリン投与量も炭水化物量に基づいて 決定するという方法がよくとられてきました. しかし,近年食事に含まれる脂質や蛋白質が 血糖値変化に影響するということが知られるようになり, 脂質や蛋白質を考慮したインスリン投与量の決定法も 提案されてきています[11, 12]. ただし,ほとんどが食事時の一回(ボーラス)投与量を決定する方法のみを 与えるもので,代謝による動的な影響を考慮したものではありません. 適切な血糖値制御のためには,正確な血糖値変化を表せる 動的モデルが必要ですので,本研究では脂質と蛋白質の糖代謝への影響を 表す動的モデルを食事時の臨床データに基づいて構成することを試みました.

食事に含まれる脂質の糖代謝への影響としては, 胃内容排出の遅延と脂質の消化により産生する トリグリセリドと非エステル化脂肪酸のインスリン抵抗性への影響を考えました. これらを我々が提案してきた炭水化物の消化吸収動態を考慮に入れた 糖代謝モデル[4, 13]に導入することで, 新たなモデルをを提案しました[1, 6](図1). このモデルは従来のモデルより生理学的な機構を適切に考慮しており, 炭水化物と脂質を含む食事に対する血糖値変化を おおむね表せることをシミュレーションで確認しています.

炭水化物と脂質を含む食事を考慮に入れた糖代謝モデルの概要

図1: 炭水化物と脂質を含む食事を考慮に入れた糖代謝モデルの概要

食事に含まれる蛋白質の糖代謝への影響としては, 蛋白質の分解後の血糖値上昇を考えました. 食後ある程度の時間経過後グルコースバランスが 血糖値上昇方向に変化するという形のモデルを構成しました[8]が, それだけでは十分精確に血糖値変化を表すことはできなかったため, 変化の表現方法やその他の影響をさらに検討したいと考えています.

2. 食事時の血糖値制御法

食事時の血糖値変化は食事内容によって大きく異なります. 1で述べたように,我々は食事内容を考慮に入れた血糖値変化のモデルを 構成しましたので,それを利用して血糖値変化を予測し, 望ましい範囲に血糖値を維持するための制御法を検討しました. 食事についての情報としては,炭水化物量,グリセミック指数,脂質量, 食事時刻などを利用し,食前30分程度からインスリンが投与可能と した場合に予測した血糖値変化が最適となるインスリン投与スケジュールを 求めるとともに,食後に予測とずれた分だけインスリン投与速度を 修正するという制御法を構成しました[3, 5, 7, 9, 10].

シミュレーションの結果,この制御法により, 炭水化物中心の食事時の血糖値を アメリカ糖尿病学会の推奨範囲内に維持できることを示しました[3] (図2). また,脂質を含む食事時にもおおむね血糖値を望ましい範囲に維持できます[2]が, インスリン感度に大きな誤差がある場合や食事時刻がずれた場合には 推奨範囲内に必ずしも維持できない(図3)ことがわかったので, 今後誤差の原因や大きさを推定するなどの機能を追加することを 検討していきます.

さらに,この方法は食事のかなり前からインスリンを投与開始するなど, 安全性などの点から実現は困難だと考えられるので, この方法をもとにして現実的な血糖値制御法を検討していきたいと考えています.

炭水化物中心の食事に対する事前情報とモデルに誤差がない場合の血糖値制御結果

図2: 炭水化物中心の食事に対する事前情報とモデルに誤差がない場合の血糖値制御結果

脂質を含む食事に対する誤差がある場合の血糖値制御結果

図3: 脂質を含む食事に対する事前情報とモデルに誤差がある場合の血糖値制御結果

3. 夜間の血糖値変化のモデルと血糖値制御法

就寝時は昼間とは代謝が異なり, また本人が低血糖状態になったことを自覚できないため危険な状態に陥る可能性が高く, さらに暁現象やソモジー効果などの血糖値が大きく上昇する現象があります. これらを回避して夜間においても血糖値を適切に維持することが望まれます. そこで,とくに夜間の血糖値上昇現象の一つである暁現象について数式モデル化を行い, また求められた血糖値変化のモデルを利用して, 血糖値制御法の検討を行いました.

暁現象の原因を成長ホルモンによる糖代謝への影響であると考え, 文献[14, 15]のモデルに基づいて, 睡眠による成長ホルモンの増加と成長ホルモンによる インスリンクリアランスの増加として数式モデルで表しました. また,このモデルを脂質代謝を含む糖代謝モデルと 組み合わせたモデルのシミュレーションにより, 暁現象を表せる可能性を示しました. さらに,このモデルが妥当であれば, 比例積分制御により暁現象の抑制が可能であることを示しました. このモデルの妥当性は,今後さらに検討していく予定です.

本研究に関する発表

[1] Claudia Cecilia Yamamoto Noguchi, Eiko Furutani, Mixed meal model in type 1 diabetes ―Minimal compartments of triglycerides and non-esterfied fatty acids, Transactions of Institute of Systems, Control, and Information Engineers, Vol. 30, No. 7, 2017, 掲載予定

[2] 藤原嵩之,Claudia Cecilia Yamamoto Noguchi,古谷栄光, 脂質の糖代謝への影響を考慮した1型糖尿病患者の食事時の血糖値制御, 第61回システム制御情報学会研究発表講演会,2017

[3] Claudia Cecilia Yamamoto Noguchi, Shogo Hashimoto, Eiko Furutani, In silico blood glucose control for type 1 diabetes with meal announcement using carbohydrate intake and glycemic index, Advanced Biomedical Engineering, Vol. 5, 2016, 124-131, DOI: 10.14326/abe.5.124

[4] Claudia Cecilia Yamamoto Noguchi, Shogo Hashimoto, Eiko Furutani, Shoichiro Sumi, Model of gut absorption from carbohydrates with maximum rate of exogenous glucose appearance in type 1 diabetes, SICE Journal of Control, Measurement, and System Integration, Vol. 9, No. 5, 2016, 201-206, DOI: 10.9746/jcmsi.9.201

[5] 橋本将吾, Claudia Cecilia Yamamoto Noguchi, 古谷栄光, 1型糖尿病患者の食事時の血糖値制御における個人差の制御性能への影響, 平成27年度計測自動制御学会関西支部・システム制御情報学会若手研究発表会, 2016

[6] Claudia Cecilia Yamamoto Noguchi. Noriaki Kunikane, Shogo Hashimoto, Eiko Furutani, Mixed model of dietary fat effect on postprandial glucose-insulin metabolism from carbohydrates in type 1 diabetes, The 37th Annual International Conference of the IEEE Engineering in Medicine and Biology Society (EMBC’15), Milano, 2015

[7] 橋本将吾, Claudia Cecilia Yamamoto Noguchi, 古谷栄光, 2自由度モデル予測制御を用いた1型糖尿病患者の食事時の血糖値制御法の検討, 第59回システム制御情報学会研究発表講演会, 2015

[8] 國兼範昭, Claudia Cecilia Yamamoto Noguchi, 古谷栄光, 1型糖尿病患者の食事による血糖値変化への脂肪と蛋白質の影響のモデル化, 第59回システム制御情報学会研究発表講演会, 2015

[9] Claudia Cecilia Yamamoto Noguchi, 橋本将吾,古谷栄光, グリセミック指数による炭水化物を考慮に入れた1型糖尿病患者の フィードバック・フィードフォワード血糖値制御, 第57回自動制御連合講演会, 2014

[10] Shogo Hashimoto, Claudia Cecilia Yamamoto Noguchi, Eiko Furutani, Postprandial blood glucose control in type 1 diabetes for carbohydrates with varying glycemic index foods, The 36th Annual International Conference of the IEEE Engineering in Medicine and Biology Society (EMBC’14), Chicago, 2014

参考文献

[11] J. Bao, V. de Jong, et al., Food insulin index: Physiologic basis for predicting insulin demand evoked by composite meals, The American Journal of Clinical Nutrition, Vol. 90, No. 4, 2009, 986-992

[12] O. Kordonouri, R. Hartmann, et al., Benefit of supplementary fat plus protein counting as compared with conventional carbohydrate counting for insulin bolus calculation in children with pump therapy, Pediatric Diabetes, Vol. 3, No. 7, 2012, 540-544

[13] C.C. Yamamoto Noguchi, E. Furutani and S. Sumi, Mathematical model of glucose-insulin metabolism in type 1 diabetes including digestion and absorption of carbohydrates, SICE Journal of Control, Measurement, and System Integration, Vol. 7, No. 6, 2014, 314-320

[14] S.S. Gropper and J.L. Smith, Advanced Nutrition and Human Metabolism 6th Edition, Wadsworth, 2012

[15] D.J. MacGregor and G. Leng, Modelling hypothalamic control of growth hormone secretion, Journal of Neuroendocrinology, Vol. 17, 2005, 788-803