カシミール斥力による量子浮揚
カシミール斥力による量子浮揚
乾 徳夫
図 カシミール斥力による量子浮揚
空っぽであるはずの真空を量子力学に基づいて考えると、実に不思議なことがいくつも起こりえます。その一つがオランダの物理学者カシミールにより予言された力です。カシミールの研究によれば、真空中におかれた2枚の金属平板は互いに引き合うのです。これは、重力でも静電気力によるものでもありません。真空のゼロ点エネルギーが金属板の存在により変化するためなのです。ゼロ点エネルギーは不確定性原理から帰結されるものであるので、このカシミール力と呼ばれる力を古典力学では決して説明することはできません。
近年、カシミール力をMEMSへ応用しようとする研究が進められています。その理由はカシミール力が原子間力と比較して長距離まで相互作用が及ぶこと、また、バッテリーの様な外部エネルギーが不要なことが魅力的であるからです。しかし、工学的な応用を考える上で障壁となっているのが、カシミール力を斥力にできていないということです。もし、カシミール斥力を発生できれば下図の様に物体を空中に浮揚することができます。実際にはリンゴのような重たい物体を浮揚させることは困難と思われますが、MEMS部品の様な軽い物体であれば、可能であるかもしれません。この量子浮揚と呼ばれる技術が実現できれば、超潤滑と呼ばれる極めて摩擦の小さな状態で物体を運動させることができます。様々なカシミール斥力の発生方法が提案されていますが、その力は極めて小さく未だ観測には至っていません。
我々は、このような量子真空の特異な性質を工学に応用すべく研究を進めています。これらの研究はまさに学際研究であり、光学、トライポロジー、またマイクロマシンや超精密計測といった科学技術が必要となります。まだ、“量子真空”の認知度は低く、さらなる連携により研究が進むことを期待しています。